曖昧さという名の落とし穴 #8 ~『ザ・コーチ』より~

最終更新日:2021年2月9日

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 谷口コーチに質問する 

── 今日は、書籍『ザ・コーチ』から、その行間に潜むヒントや考え方を、著者である谷口さんに質問していきたいと思います。

曖昧さという名の落とし穴

── 『ザ・コーチ』第2章「目標の達人への道」の中に【曖昧さという名の落とし穴】というセクションとタイトルがありますね。

 主人公の星野が同僚や上司に5つの言葉、『目標』『目的』『夢』『ゴール』『ビジョン』、この5つの言葉の意味を聞いていくという話の流れなんですが、確かに日常生活を振り返ると、この5つの言葉だけじゃなくても私たちが普段使う言葉には曖昧なものがいくつもあるな、ということに気づかされました。

谷口:そうですか。

── 例えばなんですけど、うちの主人なんかも「最近太ってきたから痩せなきゃ」って言うんですよね。でもそれも曖昧な言葉だな、と思うんです。

谷口:確かに、面白いね。

── 残念ながらというか、「曖昧さという名の落とし穴」にハマってしまいまして、めでたくやっぱり痩せないんですよね(笑)

谷口:はは、めでたくね(笑)

── この曖昧さというものは、目標とか、目的を達成するという意味ではあまり好ましくないものだとは思うんですが、ただ、曖昧さを完全に排除しちゃうのも息苦しい感じもするんですね。

谷口:はいはい。確かに。

── 谷口さんは普段のお仕事の中でもこの「曖昧さ」ということに対峙することが多いんじゃないかと思うんですが、「曖昧さ」に向き合っていくためのアドバイスをいただきたいのですが。

「曖昧さ」と「明確」について

谷口:すごいところに着眼しましたね!曖昧さが良い悪いじゃなくて、反対(の言葉)で言うと明確化。曖昧と明確とか、曖昧と具体的でいきましょうか。どれが良いか悪いかではなくて、それぞれに良いことも悪いこともある、という前提で行きましょう。

まずは、なぜ曖昧なのを明確にしていった方がいいかというと、僕たちコーチは行動を促すっていうのも一つ大きな仕事なんですね。なぜかっていうと、行動やもしくは実行することが変化や成果につながるから。

さっきの話でも「最近太ったから痩せなきゃ」は『思考』『考え』でしょ?でも考えてそこから何も行動を起こさなかったら何も変化はないわけですね。

だから、想定通り、現状維持の体重で太ったままでしょ?

── そうです。

谷口:そういうことですね。なので、「明確にする」っていうことの目的は「行動を促す」。

行動を促すために「明確にする」

谷口:行動をしなくていい時は曖昧でいい、っていう位置づけにしましょうか。例えば、さっきの話をもし僕(コーチ)が聞いたとしたら、この曖昧さではこの人は動かないなっていうのが分かるんですね。明確にするっていうのがコーチの仕事の一つなんです。

「最近太ったから痩せなきゃ」を具体的に明確にしてみると、例えば、「1年前は何キロで、今は何キロになったんですか?」って聞くと、「60キロだったのが、この1年で70キロになったんです」というと具体的になりますよね?

── そうですよね。

谷口:「最近太った」が具体的になった、10キロ増えたんですね。「理想は何キロなんですか?」「60キロ」。だとすると70キロはちょっと太りすぎなんですね。そうすると、「じゃあ70キロを60キロにしたいんですか?」って聞くと、それが痩せなきゃになり、具体的になる。具体的になるとリアリティが増すんです。「最近太ったから痩せなきゃ」って言ってる時と、「1年前は60キロだったのに、最近体重計ったら70キロになってて本当は60キロが理想なんだよね」ってしゃべった時の方がリアリティが増す。そうすると多分、食べ物に気を付けようかな、運動しようかなっていう行動につながりやすくなる。なので、行動を促す時に明確にしていく。

もう一つ、物を理解したり、腑に落ちたり、納得すると行動も促される。明確になった時に。例えば、言葉の意味を辞書で調べてはっきりすると、あーなるほどなーとか、確かになーって腑に落ちると、やろうかなとか動こうかなと思ってくるんです。なので、コーチングをして目標に向かったり目的を達成する時には、明確にする。じゃあどういう時に曖昧でいいかっていうことですね。

曖昧でいい時って?

谷口:例えば、人間ってバイオリズムがあるじゃないですか。アップダウンがありますよね。リラックスしたり、エネルギーをチャージしたり、スペース空けるってちょっと休む時は曖昧の方がいいですね。そうすると気が楽になるから。なので、どっちが良い悪いじゃなくて、目的に沿って明確にしたり曖昧でよしとすることをお勧めしますね。

── そういうことなんですね。

谷口:あとね、これはセルフイメージに関わるんですけど、人間ってやっぱり、悲観的だとか、ちょっと自分の状態がダウンしている時がある。こういう時に明確にするとすごいストレスになる。

僕は専門家じゃないけど、カウンセラーさんっているじゃないですか?でいうと、クライアントさんがダメージを受けてる時にあまりにもはっきりさせると、かえって追い込むとか苦しくなるケースがありますね。

だから最近気分が乗らないなっていう時は曖昧でいいかもしれない。でもここはやっぱり達成したいなとか、行動を起こしたいなっていう時は具体的に明確にするっていうのはお勧めかな。

オンとオフで「明確」と「曖昧」を使い分ける

── ほんとうですね。『ザ・コーチ』のストーリーのように、主人公が目的を見つけて目標を達成していく、そこでは明確にしていってすごくいいと思ったんですが、日常、違うところを考えた時に、でもこういうのがずっとだと息苦しいのかなっと思ったのは、そこのバランスというか、両方を上手く使っていけるといいという感じですね。

谷口:そうだね。別の言い方をすると、ビジネスでもプライベートでも、オンとオフみたいな見方をすると、オンが明確・具体的で、オフが曖昧かもしれないですね。これ全部明確にすると結構しんどい。

── しんどいんです。すごく分かります。どちらかというと私はそちらタイプなので。

谷口:オンとオフ、両方大事。ちょっとこれは曖昧さとは違うんだけど、曖昧だとエクスキューズというか、言い訳も逃げ道もできるんです。だって、「頑張ります!」っていうと、これ逃げられるんですね。「頑張りました」って言えばいいわけでしょ?

だから頑張るってすごく曖昧なんですね。もしコーチとして確実に行動を促すとしたら、「頑張るってどういうことですか?」って聞くんです。それをなるべく具体的にすると、ビフォー&アフターで測定できるんですよ。そうすると頑張ったかどうかって査定できるじゃないですか。

── そうですね。見える形にすると自分で確認もできますし。

谷口:そうそう。そうしていくと行動に移るんですけど、「頑張りまーす」、「じゃあ頑張ろう」、「頑張ったね」っていう会話ばかりしていると全然進まない。

スポーツでも良くこの会話をするんですけど、スポーツの指導者って曖昧ですよ。例えば「もっと詰めろ!」とかいうんですよ?分かります?

── そうですね。よく考えたら詰めるって?何をどうする?

谷口:分からないよね?「もっと気合いだ!」とか分からないでしょ?これスピンオフ(余談)ですが、スポーツの選手って指導者から分からない指示を受けても、ほとんどの選手が分かりましたっていう。で、結局何言われているか分からないままハーフタイムが終わって混乱して、さらにパニックになっていく。これって結構特徴なんです。

ビジネスのマネージャーも結構分からないこというんですよ。でもここは利害関係があるので、部下は分かりましたっていうけど。多分分かってないもんね。部下は言えないですよ、上司に。「あなたの指示は不明確だ」って。

── 言えない!

谷口:言えないもんね。そういう会話って結構多い。特に日本語は多いかな。

── その観点から見ていくと、『ザ・コーチ』でも、星野が上司の課長と話す時の対応も、課長の曖昧なものを受け入れてそのまま分からないまま進むっていう状況でしたね。

谷口:わりと昭和のマネジメントはそれが顕著かもしれないね。だって昔なんか「いいからやれ!」って言われましたもん。

── 「とにかくやれ!」みたいな(笑)

谷口:意味わからない。

── でもそこで分かりましたって言っちゃうんですよね。

コーチングの目的は「行動を促進する」こと
「曖昧」なものを「明確」にしていく

谷口:あくまでコーチングを前提でいろんな情報をお伝えしているんですが、、目的は行動を促進する。そのためには曖昧を排除する、なるべく。もちろん、クライアントさんがダウンしているなっていう時にはあまり明確にしない。逆に言うと、そこは整えてもう一回エネルギーを上げていくことを優先して上がったらまた明確にしてまた行動を促していく、みたいなことをやっていくんですね。

── すごく深いですね。

谷口:プロコーチとかコーチングのレベルもこの曖昧さで測れるんですけど、やっぱりマスターとか上級レベルのコーチはやっぱりすごく明確にしていくんですね。まだまだ新人というか、レベルの低いコーチは曖昧なままずっと会話が続くんですね。

例えば、面白いんですよ。経営者のコーチに付くとね、「谷口さん、経営はビジョンが大事だね!」とか言うんですよ。「やっぱビジョンだな。社員に浸透しないとな」とか言うんですね。「社長、社長が言うビジョンってなんですか?」って聞くと、「うーん、ビジョンだろ?ビジョンはね、ビジョンだよ!」っていうんですよ。使っている言葉が何かって本人も分かってないわけです。なので、そこを明確にして、「社員もまずビジョンが何か、僕たちの会社のビジョンはどういう状態なのかっていうのがちゃんと自分で言語化できて、じゃあそれを具現化するために自分が負わなきゃいけない責任と役割は何か?みたいな具体的な会話ができると良いですね」って社長に言うと、「そうだな。」って言って自分のこと振り返ってますね。

── 確かに曖昧なままにして言語化できていないないものってありますね。

コンプレックスから○○が愛読書に!?

── 星野は本の中で5つの言葉、『目標』『目的』『夢』『ゴール』『ビジョン』、この5つをまず辞書でしっかり言葉を調べるんですが、辞書でまず調べてみるっていうこのプロセスもすごく大事だなっていう風に感じました。

谷口:よかったです。これは僕はいい意味でコンプレックスが力になったんですね。

── コンプレックスが力に?

谷口:なぜかというと、僕学校の勉強が全然大嫌いでしなかったんです。だから国語の時間に辞書で調べましょっなんていうと、大体やらないんですね。コーチになると言葉を操るというか言葉の担い手になるわけですね。言葉でやり取りするわけですから。その時に先輩コーチに「谷口さんの語彙は少ない」って言われたんです。言葉の種類・ツールが非常に貧弱だった。その時に反発心もあったので、くそーっと思って、じゃあ増やしてやろうと思って、何したかっていうと、本棚から『岩波国語辞典』を引っ張ってきて。そしたら、中学生の時に使ってたやつなんだけど真っ新なんです(笑)何も使ってなかったから。で、40過ぎてもう一度勉強しようと思って、中学の時の国語辞典をあ行から読んでいった。そしたら、世界が広がったんです。

今の人ってパソコンで意味調べるでしょ?でも辞書って、「あ」を引いたら「あい」とか出てくるでしょ?そうすると、「あい」の前後の意味が全部出てくるんです。それで僕初めて「愛おしい」って意味を知ったんです。そうやって調べていくと辞書ってつながっていくじゃないですか。それから楽しくて。だから『岩波国語辞典』が読みものでした。そこから自分の使っている言葉の意味や背景や語源、元なるものを紐解いていくと、自分の知識がブワ~っと、枝葉が、葉が広がる根っこが広がるみたいな。イメージは1本の木が森になるイメージ。

── 生い茂っていく感じですね。

谷口:そこから開眼して、今でも「あれ?どういう意味かな?」って調べるのが結構趣味。なのでいい意味でコンプレックスが力になりました。

── その経験が主人公の星野に投影されていったんですね。言葉を調べる時にインターネットじゃなくて辞書でっていうのは、ちょっとやってみようという方がいっぱい出てくるでしょうね。

谷口:時々「ザ・コーチ」の読者の方とお話しする機会があると、「ザ・コーチ」読んでから自分の会社のデスクの上に国語辞典を置いてるっていう人、何人かいます。何かフッと思った時にすぐ目の前にあるので、手に取るようにしているという人、結構いました。

── 手に取れるところに置いておくのはとってもいいですね。

谷口:「声に出したい日本語」を書かれた斎藤孝先生がおっしゃるのは、語彙力と有能性は比例する。語彙(言葉)が豊かで豊富な人は思考力だったり想像力だったりそういうのが豊か。言葉の豊富さと有能性は僕も比例すると思う。そういう意味でもお勧めです。言葉を明確にしていく具体的にしていく。

── 「ザ・コーチ」の隣に国語辞典を置いて、愛読書として読んでいきたいと思います。

今日は一つの質問からたくさんのことをお聞きできて、とてもありがたい時間でした。

谷口:僕もいろんなこと思い出しました。質問されるとやっぱりいいね!開発される感じがします。ありがとうございます!

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