【99%が誤解】「答えはクライアントの中にある」は半分間違いです|プロコーチの情報提供・提案術

最終更新日:2026年10月13日

―― 今回は、コーチングの世界でよく言われる「答えはクライアントの中にある」という言葉について、谷口コーチに伺っていきたいと思います。

コーチングを学び始めると、「コーチは答えを教えてはいけない」「アドバイスをしてはいけない」「とにかく質問して、相手の中から答えを引き出す」という考え方を教わることがありますよね。もちろん、クライアント自身が考え、自分で選び、自分で決めることはコーチングの大前提だと思います。一方で虎プロでは、クライアントが選べるように「選択肢をコーチが提供することはあっていい」とか、「情報提供とアドバイスは違う」といったお話もありました。

例えば、まったく経験のない分野でパニックになっている人に「あなたの中に答えがあります。どうしたいですか?」と聞き続けても、答えが出ないこともありますよね。専門家として知っている情報をあえて出さないことが、本当にクライアントのためになるのか、という疑問もあります。

そこで今日は、「答えはクライアントの中にある」という言葉の本当の意味と、プロコーチが情報提供・提案・リクエストを使ってよい境界線について、谷口コーチの考えを教えていただけませんでしょうか。

谷口:若松さんはちょっと門前の小僧として、一緒に考えてもらうといいんだけど、「答えはクライアントの中にある」コーチは答えを教えてはいけない、教えない。コンサルタントとは違いますよ、みたいな言い方をよくするんですね。

「答えは相手の中にある」を疑う

谷口:ちょっとこれ、愚痴っぽくなんだけど、僕が習った時もこうやって言われたんです。今習ってる人もこうやって言うわけですね。これって、日本の教育の弊害なんじゃないかなと思って。日本は答えを教える教育しますよね。「これ試験に出るから覚えとけよ」ってことですね。「これが正解です、これを覚えなさい」っていう教育をずっとされるわけです。

戦後GHQが入ってきた時に、日本の愚民化政策を考えた、『あるユダヤ人の話』って本を読んだんだけど、日本人って優秀なので、世界中の国は恐れた。こんな小国で世界と渡り合う国っていうのは、とてつもない民族だと。

で、戦争に負けた後に、日本人を愚民化できないかって、牙を抜けないかみたいな、そういう教育で、だから「答えは一つである。」って教育をしたらしい。

だから「4+6=10」ですって教えるでしょ。でも海外は「〇+〇=10」、〇は何を入れますか?って言ったら、答えが無限にあるじゃないですか。答えは1つっていう方がコントロールしやすくなると思ったらしい。

それが弊害だと思ってる。だから僕もそうなんですけど、先輩とか教科書とか、コーチのトレーニング機関から「こうです」って教わると、「はい、そうですね」って言って、何も疑わなくてコピーしちゃうの。答えを教わっちゃうから。

僕はちょっと異端児だったから、「本当か?」とか「何でだ?」とか思う。まあ僕はそれが良かった。教育に反抗してた人間だから、勉強なんかしなかったから、逆に僕が洗脳少し免れたかなとか思ってんだけど。

だから疑わない。「答えはクライアントの中にある」。信じちゃうわけですよ。それが正解だと。信じているコーチって何やるかっていうと、何とか質問して引き出さなきゃ・・・とか思っちゃうわけです。それが正解だと思うんですね。

それは後で説明するけど、日本の教育の弊害、答えを教わってしまうと疑わない。それが正解だと思って何とかしようとする、っていう愚痴をこぼした後で本題に戻るね。

答えを教えるとなぜうまくいかないのか?

谷口:なぜ答えを教えたり、アドバイスはいけないと思う?

―― 与えられたものだと 実際に行動しないから。

谷口:これよく僕マネジメントの研修でも言うんだけど、例えば、「わからないから教えてください。」って言ってくる部下がいるとする時に、「それはこうしなさい、ああしなさい、こうした方がいいよ。」って、答えを教えます。

ずっと良かれと思って、部下が聞いてきたら、上司がずっと答えを教えてたら、部下どうなると思う?

―― 成長しないですね。

谷口:そのうち考えなくなるよ、自分で。「お前はどう思うんだ?」とか、「考えてこい。」とか言われると、「あの上司はパワハラだ!」とか言うわけですよ。まず考えるのはやめちゃいますね。

自責的になると思う? 他責的になると思う?

―― 他責的になる

谷口:なるんだな、これが。人はずっと人から答えをもらってると、その答えがうまくいかなかったら、相手のせいにするわけですよ。

子育てでもマネジメントでも全部、僕一緒だと思うんですけど、良かれと思って親切心で答えを教え続けてると相手をダメにする。だから、コーチが答えを教えるとクライアントをダメにするってことです。だから教えない方がいい。

なぜアドバイスは逆効果になるのか?

谷口:もう一つアドバイスをです。もう一つ「アドバイス」です。「アドバイス」って日本語で言うと何だろう?

―― 提案とか?

谷口:「忠告」なんです。「勧告」とか。「忠告」の意味を紐解くと面白い。

まず「良かれと思って」が前提なんです。悪意じゃない、善意なんです。これが質が悪いんだよね、善意だから。

忠告って良かれと思って、相手の問題とか課題に対して、こうすべき、こうした方がいいという助言をすることなんです。

ってことはさ、善意なんだけど、若松さんもアドバイスをもらう時あるじゃないですか。僕なんかゴルフやってると、年配ゴルファーからアドバイスをもらうわけですよ。

こういう時に関係性の立ち位置を考えると、問題を抱えてる方とアドバイスをする方って対等?

どちらかが下でどちらかが上のような感じ。だから言葉選ばないで言うと、マウントを取られた感じです。

で、上から言われた答えって、正解でも受け入れ難いってないですか? 「確かにそうだけど・・・」みたいなってないですか。

だからこれがコーチングの弊害なんですよ。コーチングって対等なパートナーシップだから、そこに上下はないんです。

だから人ってやっぱり、生き延びるためにはとか、多分本能があると思うんですよね。マウント取られてると、相手が強者で自分は弱者になるので、「忠告」は正論でも受け難いという感情が生まれると思う。

特に、同じアドバイスをもらったとして、誰からもらうかによって変わらない?

いろんな感情がそこに入るので、アドバイスを実行する確率って3割以下だそうです。あるデータによると。

よくコーチングでは行動を促すとか、チャレンジをしていくとかっていうのもセットになってるわけです。考えたり、気づいただけでは何も生まれないので、そこにアクションとかチャレンジがないと変化とか成長はしないので。

ってことは、その関わり方によってクライアントがチャレンジしたり、アクションを起こすかどうか? アドバイスで3割なわけですね。なので有効じゃない、正解でも正論でも。

ちょっとスピンオフして、話外れていい?

夫婦間で旦那が奥さんにアドバイスしてみ。大抵喧嘩になるよ、正論でも。

だからこれが極端な感情なんですよね。

アドバイスはなぜかというと、チャレンジや行動が生まれない。そこには対等な関係性が崩れる可能性があるので有効ではない。

答えを教え続けると、本人の主体性や自主性や自責感が損なわれて、他責、依存、被害者的になるし、自分で考えなくなる。

だからアドバイスや答えを教えるということはしない。理由はそこにあるわけです。

じゃあ、どうすれば人は自ら考え、自らそれを選択、決断し、勇気を持ってチャレンジしていくか? なんですね。

「気づかせる」より「気づきを支援する」

谷口:それは統計的に言うと、自分で発見する。「そうか!」みたいな。「確かにそうだな!」これが気づくとか思いつくとか考えに及ぶ。「今回はこれだ!」選択してるんですね。

考えや気づきはいっぱいあった中で、アクションを起こすためには選ばないといけない。これも勇気がいるんですよ、選ぶってこと。

思いつく、気づく、考える、答えを自ら見つける。で、これだというふうに選ぶ。それを一歩踏み出すのは、まだ勇気がいるんですよ。

でも、それをやっていく時に、人は新たな可能性を広げていくんです。

じゃあ、さっき言った境界線は何か? 「答えは相手の中にある」なんですけどね。

僕嫌いな言葉に「気づかせる」とかいう。気づかせるために質問する。なんか嫌じゃない? 若松さんって人に気づかされたい? なんかコントロールされてる感じしない?

マネジメントの世界で、コーチングをちょっと勉強した上司で、部下に気づかせようと思って質問するんですよねって言ったら、部下わかるわけですよ。「お前の答えに誘導してんだろう!?」って。

だからそれは誘導だから、誘導だと人は抵抗が生まれるから、コーチは気づかせるとか使わない方がいい。

でも、本人が自ら答えを見つけられるように気づきを促すって言ったら、手伝ってくれてる感じがしません。自分が傷つくのをコーチが手伝ってくれてる。コントロールや誘導ではない。

コーチでは気づきを促す。簡単に言うと、本人が気づくのを手伝うという関わり方をする。

じゃあここで、さっきの境界線なんですけど、「気づく」って何?

―― 「知る」みたいな?そこにあることを知る。

プロコーチの境界線は?-質問or情報提供

谷口:いいかもね。認識するみたいな。そこにあったことは知ってたとか。

あるっていうのが前提なんです。でも、状況によってそれが見えなくなる時ってないですか? あったものが見えない。

これを「見失う」って言うんですね。あったけど、ある状態になって、それを見失ってた。

でもコーチが手伝うことによって、「あ、そうだった!」「ここにあったじゃん!」とか、「そうそう忘れてたけどこれだよね!」っていうのが「気づく」。

ってことは前提として、「ない」ものには気づけないってこと。「ある」が前提だから。

「答えはクライアントの中にある」っていう前提は、クライアントはその答えとかヒントとか情報は山のように持っている。ただ、今の状況によって、それが全部すっとんじゃって、頭が真っ白になっちゃって、全部見失っているっていう時。

例えば、ある課題があるとします。チャレンジする対象です。そのことに対して、一度経験を積んだことがある、似たようなことを試したことがある、そのことを試した人をよく知っている。仕事でいうと、キャリアを積んでいる人と、そのことを初めて経験する、聞いたことも見たこともないっていう新人の人で、前提として持っている情報量って一緒じゃないよね?

ってことは、本来持ってる答えはどっちの人の方が多いかって歴然じゃない。経験が多い人、見識が多い人。

こういう人は答えがあったにもかかわらず、トラブルが起きたとか、想定外のことが起きているとか、急激に体が不調だとか、体調が悪いとか、もっと重要なことがある。

例えば、子供が交通事故に遭ったって言ったら、全部そっちに意識しちゃう。持ってたものが見えなくなる。っていうのを見失ってるでしょ。こういう時には「気づきを促す」でいいんだけど。

経験則がない人に「どう思う?」って聞いても、何もわからないわけですよね。

でも、何も知らないことで、「僕、似たような経験があるんだけど、知りたい? Aということをやってみたら、こういう結果になったんだ。」

あと、「僕の上司で似たような時にBということをやったらこうなった。」

あと、「この前たまたまYouTubeで見たんだけど、ある人が同じようなことでCでやってみたらこういうことになった。」

今の若松さんにとって、一番有益なのどれだと思う? って聞かれたら、どれか選べそうな気がする。

「どう思う?」って聞かれた時と、「A B Cのどれだと思う?」って聞かれた時って違わない?

―― 違います。

そうなんです。なので境界線は、相手の習熟度と経験値とプロジェクトの難易度によって、オープンクエスチョンで答えを促し、気づきを促すのか、あとは習熟度や経験値によって、選択肢や情報を提供しながら、選べるように手伝うのかで、コーチングの方法が全く変わってくるんですよね。

昔、こう教わったんです。経験則が未熟で難易度も軽い時にはティーチングが有効です。経験則もあって難易度が高い時にはコーチングが有効です。そういうマトリックスがある。

なので、クライアントの状況、プロジェクトの状態、経験則によっては、オープンクエスチョンで気づきを促してもいいし、経験則が少なかったり、プロジェクトの難易度が低ければ、情報提供。これは答えじゃないんです。情報なんです。

情報提供して選んでもらうというコーチングに切り替えたり。

みんな十把一絡げに教わっちゃう。「答えを教えちゃいけない」。それが正解だと思うから、どんなクライアントにも、どんなプロジェクトにも、どんな状態の時にも「どう思います?」みたいに聞いちゃう。

なので、場合と相手と難易度によって、質問をする場合と、情報を提供した後に選択をしてもらうようにすることを使い分けられるようになると、コーチはアドバイスをしない、答えを教えないっていうことだけじゃなくて、自分で自ら選択、決断し、チャレンジ、アクションを起こせる手伝いを、たぶんどんなクライアントにもできるようになると思うな。

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