【コーチは隣を走るな】「伴走」という言葉がコーチングを歪める理由|コーチング哲学

最終更新日:2026年6月15日

―― 今回は、コーチングにおける「伴走」という言葉について、谷口コーチにお話を伺っていきたいと思います。

最近、コーチングの世界では「伴走」という言葉が本当によく使われるようになりましたよね。SNSやホームページでも「あなたに伴走します」という表現を頻繁に目にするようになりました。

ところが谷口コーチは、虎プロの講座の中で「コーチングは伴走とか寄り添うっていうのはあんまり好きじゃないんです。そんな軽いもんじゃないからね。」とおっしゃっていました。

そこで今日は、なぜコーチングは「伴走」ではないのか、コーチは本来、どういったスタンスでクライアントと接するべきなのか、その「立ち位置」の哲学について、教えていただけませんでしょうか。

谷口:哲学、なるほど。考え方、信念、理念、そのようなことだろうと思います。

「あなたに伴走します」と書いているのとか、「あなたの伴走します」っていう表現もあるよね。

多分、誰かが使ったのをそのまま「あ、これいいな」と思って、ただコピーされて数が多くなっているような気はちょっとする。

ここからは、僕の主観と、一応これまでプロコーチで20数年やってきたので、その経験も踏まえた主観と、僕は国際コーチング連盟の国際資格のマスターコーチっていうのを2009年に取ったので、国際コーチング連盟の基準に沿ったコーチングをずっと二十数年してきたという自負はあるので、その前提でいきましょうかね。

一応合格してるので、谷口さん、あなたの考えや、行動や、実績は、国際コーチング連盟の基準に沿って合ってますよっていうことなので合格したんだと思う。

それと前提は、僕は国際コーチング連盟のコーチング以外の似たようなスキルを学んでいないから、混ざっていない。世の中には混ざってる人結構いっぱいいるんですね。

コーチングも勉強したし、カウンセリングも勉強した、とか。コーチングも勉強したし、NLPだったり、他にコンサルティングだったり、いろんな勉強をした人。そういう違いがあるっていうのを前提でお話ししますね。

若松さんとちょっと話しながらいこうか。

「伴走」という言葉の本来の意味

谷口:「伴走する」ってそのまま読んだら、横を一緒に歩くとか、走るだよね。そういう意味で言うと、共感しながら支援するみたいな、共感し、寄り添いながら支援するみたいな意味かな。もし辞書で紐解いたら?

―― どうなんでしょう。共感っていうのも入るんですかね。ただ横を走る、みたいなイメージ。

谷口: 一番分かりやすいのは、「伴走」って書いて、本当に横走ってる人っているじゃない。パラリンピックとかで、トラック競技とかマラソン競技走る人で、視覚障害者の方。見えないので、レースのコースとか、レーンとか分からないから、視覚を補うために、視覚が健常な人で同じぐらいの走力を持ってる人が、ここに「伴走」って書いて、何か輪っかを持っているのか、何かを持って、一緒のペースで走る。

それが、僕にとっての「伴走」のイメージなんです。ということは、「あなたのクライアントに伴走します」っていうことは、そのまま読んだら「ずっと一緒に走ります」って、僕、勝手な意味で捉えちゃうわけですよ。

じゃあ、クライアントと一緒に僕たちは走れるか?って、物理的に走れるか?って言ったら、僕は無理だと思ってるんです。

もう一度マラソンで行きましょう、パラリンピックで、ずっと一緒に横歩いて(走って)いますよね、スタートからゴールまで物理的に一緒にいれるけど、あるプロジェクトで、ゴールに向かった「走る」っていうプロジェクトのスタートからゴールまで、ずっと一緒にいる。同じ時間を、同じ場所で、同じように過ごしている。

僕たち、クライアントのゴールに向かう全ての状態の横に、共に同じ時間、同じ場所、同じ環境で同じように走れないよね。って僕は思っている。

なぜかっていうと、僕には他のクライアントさんもいますし、僕自身の人生もプライベートもあるし。クライアントさんはクライアントさんのまず24時間とか一生とか、ゴールに向かう行動をしている。

なので、意味とすると「できないことをできる」って言ってる気がするわけです。物理的にできないことを「しますよ」って言ってるような気がする、まず一つね。

国際コーチング連盟のコアコンピテンシーから見た「伴走」

谷口:コーチングのコアコンピテンシーっていうのをずっと人に、僕なりの理解や解説をしたり、それを分かった上でコーチングをして資格認定の合格を取っている。

だから多分、国際コーチング連盟のコアコンピテンシーを読んだ回数とか、人に説明した回数はプロコーチの中でもトップレベルだと思う。っていう前提で、国際コーチング連盟のコアコンピテンシーに「伴走」という言葉はでてこない。

国際コーチング連盟の倫理規定や行動規範には、「クライアントの伴走をする」という言葉は出てこないはずです。

じゃあ、何が出てくるかっていうと、「支援する」「理解する」「尊重する」「管理する」「協力する」「協働する」とかっていう動詞。「誘う」っていう動詞も出てくる。クライアントに~とか、クライアントと~っていう表現で書いてある。

なんか「伴走する」と、それ以外の動詞ってなんか違いそうな気がしない?

―― 違いますね。

「一緒に歩きます」って言っているのと、「~を支援する」「~に誘う」「~を管理する」「管理する」っていうのは最適化するっていう意味。「最適化する」「協働する」共に働くとか出てくる。一番多いのは「~を支援する」これ多分違いそうな気がする。

コーチとクライアントの「対等なパートナーシップ」

谷口:この時に、立場でいうと、クライアントとコーチがいるとすると、精神的、物理的、上下、強い弱い、優劣みたいなのって僕たち人間関係であるでしょ?

例えば、会社でいうと上司・部下だったらそこに上下関係あるよね、利害関係もある。

親子、親と子供だったら関係性が無い?強い・弱いとか、強者・弱者、優劣とかあるよね?親子だと子供の方が弱いと思う。

伴走するっていう言葉を使うと、コーチとクライアントの立場が対等でないような気がするんです。若松さん、同じ感じがする?それとも強弱、優劣、ありそうな気がする?

―― 今それを言われると確かにありそうですね。コーチの方が強くて、クライアントの方が弱いというか、伴走しなきゃいけないみたいな。

谷口:僕はそう感じちゃうんですよ。でも、「コーチとクライアントは対等なパートナーシップ」って書かれているんですね。ただ、役割と責任が違うんです

ゴールに向かう人生をより豊かにするというプロジェクトを協働でやっているわけです。

だから、どちらかというと、誰かを助けている。援助しているわけじゃないんですね。

なので、まずそれが僕は嫌。 だから、伴走するっていう言葉を使ってるコーチの、僕が感じるのは、クライアントが、何か助けを欲しているみたいな。

だから、クライアントが弱者のような見方をしているんじゃないかなっていう気がしちゃうんです。 だから、なおさら使いたくない。

でも、 協働とか、支援とか、管理とか、誘うっていうと、まだそっちの方が対等っぽい感じがする。

「共感する」と「共感を示す」の違い

谷口:寄り添うとか、伴走するっていうのを多分紐解くと、共感し、支える、みたいな多分意味が出てくると思うんですが、 コアコンピテンシーには、「共感する」という単語は多分出てこない。「共感」という名詞は出てくる。動詞で言うと、「示す」になるんですよ。

「共感する」っていうのは「同じように感じる」だから、共感するっていうと、 相手が苦しんでいる時、自分も苦しくなる。 相手が悲しい時には自分も悲しくなる。 相手が辛い時には自分も辛くなる。

まあ、ポジティブもあるよね。相手が楽しい時は自分も楽しく。まさにこれが「共感する」だと僕は思う。

でも、コアコンピテンシーで言うと、 クライアントの、強い感情に、ちょっと言葉を変えると言って、引きずられない。 それにちゃんと、向かい合える強い自負を持っているみたいに出てくるんですよ。

だから、引きずられちゃダメってこと。 僕は、「あなたは辛いのね」っていう共感は示すけど、「ああ、辛いね・・・」って言って同じ辛い感情は抱かない。

だから、伴走とか、寄り添うっていうと、どちらかというと、僕はカウンセリングに近いのかなっていう感覚を持っちゃう。

国際コーチング連盟で言うと、コーチは、他の領域、専門的、カウンセラー、セラピー、コンサルタントの領域、それは専門家なのでやらない。あくまでも、それはその専門家を紹介するとかってなってくるので。

そういう意味でも、僕はコーチであるってことは、カウンセリングはしない。 なので、伴走とか、寄り添うっていう言葉の「共感する」っていうこともしない。っていうのをずっとやってきたかな。

「クライアントは完全な人である」という立ち位置

谷口:僕の考え方は、クライアントさんは弱ってる。たまたまモチベーションが下がって、元気がないとか、エネルギーがダウンしてるはあるけど、弱者ではない。何か手を差し伸べないと、前へ進めない人ではない。 クライアントは完全な人である、という見方や立ち位置を取ろうとしてる。

完全っていうのは、必要なものは全部揃っている。でも、完璧ではないかもしれないね。なので、揃ってるんだけど、うまくそれを発揮できてない。

要は、阻害要因になるようなことだね。っていう状態で、完全体であるクライアントさんが、自分の内側にすべての条件を備えているのを、なるべくそれを100%に近い状態で外へ出せるような支援をしている。そういう立ち位置が、なんか僕はコーチなんじゃないかなって気がするわけですよ。

だから、コアコンピテンシーでは「フォロー」という言葉が出てくるので、多分それは「追跡」もしくは「支援」という言葉かな。

イメージで言うと、パラリンピックでは伴走します。じゃあ、いろんなそういう競技スポーツでいうと、普通のオリンピックで、スポーツのコーチですよ、伴走しないよね?

―― はい、しないですね。見たことないです。

谷口:クライアントがヘロヘロになってきたから、「バカ野郎」って言って横へ行って手を繋いで、「ほら、こっちだ」って言って一緒に手を繋いで走る?

―― 走らないですね。

谷口:走らないよね。

僕の大好きな映画で、「はやぶさ」っていう、惑星イトカワへ行ってサンプルを取って帰ってくる。あれ、主人公がクライアント。じゃあ、あれを支援してるのは誰か?って言ったら、JAXA。ずっと状態を見守って、不具合が起きてないか?ちゃんとエネルギーは漏れてないか?足りているか?何かトラブルが起きてないか?を24時間見守っている。

で、想定外のことが起きたとき、はやぶさと通信をしながらその解決策を共に考える。だから、JAXAは宇宙を飛んでいないけど、協働はしてると思うんだよね。それがコーチ。

F1で言うと、勝利というゴールに向かって走るのがドライバー。そのゴール達成を全力で支援するのがピット。ピットは横について走らないだろ・・・みたいな。

でも、ずっと状態を見守って、「やばい、今はピットインしてガソリンを補充してタイヤ交換しないとクラッシュしちゃう!」っていうのを常に考える。

最優先事項は、安全なので、このまま行ったらクラッシュするといったら、レースを途中で止める。走り続けさせたら壊れるからね。っていうこともピットはやってるかな。

それが、僕はコーチングだと思うんだよね。なので、伴走は使わない。

ビジネスコーチとしての言葉の重み

谷口:今、エグゼクティブコーチ、ビジネスコーチはすごく一般化してきたけど、ビジネスコーチ使うかな?「社長、僕はあなたの伴走をします」って。

なんかあんまり使わない、似合わない気がするんだけど。どう思う?

―― 確かに。でも、谷口コーチは言葉を大切にされますし、言葉の本当の意味をちゃんと定義して大切にされると思うんですけど、そこまで本当の意味を捉えずに、流行ってるから、みんなが使ってるから、ビジネスコーチされてる方でも「あなたを伴走支援します」みたいなのをさらっと言ってる方も、もしかしているのかなとも思いました。

谷口:なんとなく、僕が経営者だったら「伴走します。」って「お前にわかるのか!?」みたいな。

でも、「専門家として、あなたのパフォーマンスが最大化する支援をします。それと、頭の中で整理したいこと、明確にしたいことがはっきりできるようなコーチングをします。そして、本来の目的を見失わないように、共にその理想像に向かって共同的に、私はサポートします。」っていう言葉にした方が、僕はしっくりくるんじゃないかな。と思うわけです。

あくまで主観だけど、「伴走します」っていうのはなんか軽々しい感じがすごくする。なんか甘くない?っていう気がするので、まあ僕はあまり使いたくない。

僕自身が一応事業主だし、ビジネスアスリートだし、って言った時に、なんか「あなたを伴走します」って言ってくるコーチは、俺のことを弱者だと思ってるのか、「手伝いますよ。」って言ってるような気がするかな。

まとめ ― コーチが使うべき言葉

谷口:まあ、あくまで主観で言うとそんな感じ、なので僕は伴走という言葉を使わない。コーチング・コアコンピテンシーで言うと「フォロー」。さらに言うと「支援」「管理」「協働」とか「尊重」とかっていうふうな言葉にしたほうがいいんじゃないかなと思いますね。

だから「共同体」「対等であるプロジェクトのパートナー」である。ただし、責任と役割が違う。

ま、そういった立ち位置を、僕はとりたいな。僕のところに来てる人は、そうあってほしいっていうふうにコーチ達には伝えますけどね。

―― すごく参考になりました。ありがとうございます。

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